'89年8?月号

copy:M.Okoshi/M.Saito
photo:Naoto Okawa(?)


OUT OF THE FANTASIA SIDE-1
小室哲哉

シンセの上に乗って客席を挑発していても
“恍惚”がないんです、ぼくには


ステージの制作費がなんと5億円という『CAROL』ツアーも、紆余曲折の末にまもなく横浜アリーナでフィナーレ。このツアー中に発表されたリミックス・ベスト・アルバム『DRESS』からはシングル・ヒットが続発。さらに、『CAROL』のストーリー・ブックおよびファミコン・ソフトまで登場、となにやら“音楽の総合商社”と化してきた感のあるTMネットワークである。雑誌『小学6年生』の“6年生になったらロックだ!”という特集にバービー・ボーイズらと並んで登場してしまうTMネットワークである。
 こうしたTMのマスプロ化を小室哲哉はどう捉えているのか。また、ここまで“企業化”したTMというユニットにとって“音楽”とはどういうものになっているのか。そして、そんなTMから離れたところで今秋発表される小室哲哉のソロはいかなるものか。以上のような疑問に小室哲哉自身が答えたインタビューを今月と来月の2回に渡って掲載する。


日本ではどんな音が一番受けるかリサーチするために『DRESS』を出した


--『DRESS』は結果的にはシングル・ヒット量産マシーンみたいなアルバムになりましたね。
小室 そうですね(笑)。

--まず、その辺から訊きたいんですが。
小室 まあ、これはマジックみたいなもんで。

--マジック?
小室 マジシャン的な考えなんですよね。TMは確か『CAROL』ツアーをやっていて『CAROL』というミュージカル形式のコンセプトを持って今は動いているはずなのに、何故かニューアルバムが出る、と。「いつレコーディングしたんだろう? なんでそんなことをする時間があるんだろう?」ってみんな驚かせよう、と。言ってしまえば、そういうマジシャン的な発想っていうか奇術的な発想っていうか、その不思議さみたいなものが出れば良いなっていう所から始まったんですよね。それと、いわゆる企画ですよね。何か興味ある企画が、もしもアイデアが出たならそれに即乗るという気持ちがすごいあるんでね。それで僕が本当、ひょんな事からの発想でやってみたいなと思ったの。で、今後のサウンドとかに関しても、ある種、自分達でのリサーチみたいなのもあったし。どんな音が果たして今日本人のリスナーに一番受けるか、それを試してみたかった。今の日本のロックっていうとすごい鎖国的な状況にありますよね、日本の音楽自体が。それで受け入れられるのかなってね、インターナショナルなサウンドが。そういう何かチェックとかもしたかったし。ありとあらゆる意味で実験材料だったんですよね。すごく。で、結果はユーロビートが一番ウケたということになるんですけど。日本はやっぱりユーロビートだったと。決してナイル・ロジャースのハウスサウンドじゃなくてPWLのユーロビートが一番ウケたな、ということになったんですけどもね。それはもう、カードを10枚くらい出して並べて、どれか良かったというのを1枚引いて、それが『GET WILD'89』だったみたいで。

--じゃあ、3曲切ったシングルの順位は小室さんにとってすごく重要なわけですね。
小室 そうですね。で、結局は7月のシングルでPWLのユーロビートものでもう1回やったという所で、まあ選抜したような結果になりましたけど。

--しかし、職人的なミュージシャンの人っていうのは、ユーロビートをあまり好まないというか積極的に嫌いますよね。
小室 そうですね。もうそれは、日本以上にイギリスとかではそうで、もう何て言うんだろう。毛嫌いしてますよね。いわゆるスタジオエンジニアの人とかは特にもう、ああいうユーロビートとかPWLのサウンドとかは、本当に何か犬猿の仲みたいで。で、リスナーっていうか、いわゆるレコードを買う人達、いわゆる労働者階級的なものを好む人達は絶対そういうのは聴かないし、買わない。でも、ある週のシングルチャートを見ると、ユーロものがガンガンとベスト10に何曲も入ってたりとか。そういう両面があるんですよね。で、日本だとイギリスみたいなブルー・カラーのロックの歴史がないからユーロが流行すると全て染まっちゃう傾向ありますよね。

--でも、日本では一時期ディスコがすごく流行ってた時も何故かミュージシャンの人達はディスコっていう言葉を一切口に出さなかったですよね。それをもう、大逆手にとって、2回位ひねってあのFanksという言葉をTMは使ったわけでしたよね。
小室 ええ、すごくそれは意識して使いましたね、当時は。で、全て調べたわけじゃないですけど、まあ少なくとも今コンサートでダンスという言葉は、常識になっていると思うんです。でも、僕達がFanksって事を言いだした時点で、コンサートはダンス、ダンスエリアだっていうか、そういう意味で提示していた人達って凄く少なかったんです。ま、コンサートはノる。ノるという意味で踊るではなかったと思うんですよ。今、結構ダンスが常識的になって来てるんですが。時代の流れもあるんですけどね。で、その部分は、TMの柱って意味では、何か1本しっかり立ってるんじゃないかって思う。そのダンスって事を提示して、ある程度浸透させたっていう気はしてるんですよね。で、それの締めなんですよ。結局、今回のシングルとか、もう1回PWLでユーロビートで、もう1回ダメ押しみたいな感じで。敢えてやったのは、もう本当に総集編という感じで。これでもうTMが敢えてダンス、ダンスと言うのをわざわざ押しつける必要もないんじゃないかというか、この夏で十分じゃないかっていう感じで。

--結構、これで打ち止めみたいな?
小室 そうですね。TM NETWORKとして、そんなにダンス・ダンスって拘る事もなくとも、もう今は多少広がったんじゃないかなというかね、気はしてるんで。

--それは相当大きな区切りと言うか。
小室 そうですよね。すごく大きな区切りだと思いますけれども。もちろん、この先も完成されたショウ形式とダンスというものはTMの柱としてありますけどね。もうこれで何もかも終わって、もうやる事ないというわけじゃなくて、続きは積み上げた分だけ、まだやれる可能性はすごいあるんですけれども、取りあえずの区切りとしては、まあこれでいいんじゃないかって感じ。

--しかし、あれじゃないですか? ある部分ユーロビートなり、ああいうショウ形式のもので突き進んでいくと、小室さんのメロディーラインが損なわれるというか、TMが音楽からどんどん離れて行ってしまうような気がするんですが。
小室 まあ、確かにそういう傾向っていうか、傾向でもないんですけども、あまりにそういう外枠みたいなのが取り上げられて、いわゆる純粋な音楽っていうものが忘れられがちにはなりますよね、それはね。でもそれは、ここだけは一応奢らせて頂いて、余力はあるという所で。メロディーラインの、-結局はメロディーだと思うんで-そのメロディーが失くなった訳ではなくて、敢えてそういう実験を数々やらしてもらったという所で、お腹いっぱいになりすぎないっていうかね。ある程度僕達はセーブしたつもりなんです、メロディーラインという部分は。例えば、いわゆるおいしいメロディーってありますよね? で、例えばA→B→Cという曲構成になっててABCを全部凝縮しようと思えば出来る所を敢えてCだけにしたりとかですね、そういう作業をすごくしたんですよね。今回の曲の中にしても、どれだけ削ぎ落としつつ美しいメロディーを生かすかっていうのが、作るときの一番ポイントで。敢えてそういう作業はしたつもりなんですね。だから、また今後、展開としてはね、メロディーというのはすごい大切なものになって行くのかもしれないし、そこら辺もいわゆるミュージシャンっていう部分でまた戻ってくるんじゃないかなって思うんですけども。とりあえず、そのメロディーの余力というか、貯蓄というか(笑)、もしくは今後生まれてくる可能性というか、それははっきりわかるんですね、自分の中で。

--中身までは売り渡していない、と。
小室 確実にあるなというか、それだけはすごく自分で体感してるっていうか感じるんで。全然そこら辺の何か危惧って言うか、そういうのはないんで。今後、どういう形でそれを吐き出すかっていう部分になって来るんですけどね。

--たとえば佐野元春はわざわざピート・タウンゼントのアンプを借りてジャーンと音を鳴らす快感を求めますよね。でも小室さんは自分の曲を「好きにして下さい」って売れっ子のプロデューサーに譲り渡してしまう。そういうことの反動は来ないんですかね?
小室 うーん、すごく自分でも不思議なんです。よく考えるとすごく恐ろしい事をしてしまったという気がするわけですよね(笑)。

--子供を売ってるみたいな(笑)。
小室 結局もう、丸裸にされてどんな洋服を着せられるのか全くわかんない状態で。もう、突拍子もない格好で返ってくるかもしれないっていう。それも、しかも1曲じゃなくてね何曲も何曲もですから。本当にすごく賭だったと思うんですよ。で、正直言ってベスト盤っていうのを作る時っていうのは普通レコード会社って制作費0で済むわけですよ。で、ある部分でTMの『DRESS』ってベスト盤なわけですよね。でも本当は制作費0で済む所を、4千万、5千万かけてベスト盤を作ったわけですよね。それで、もし突拍子もない洋服ばっかり着せられて戻ってきたら、もうその金額はどうしようもないって言うか、もう回収のしようがないわけですよ。

--面子が面子だけに。
小室 そう面子が面子だけに、ナイル・ロジャース・プロデュースだったんだけど、どうしようこれ!? ボツにするわけにはいかないし、とかね(笑)。そういう心配っていうのは、はっきり言ってずーっとそこの作業の間にね、まあ3週間、1カ月ぐらいっていうのはあったんですけどね。それは信じるしかないっていうところで、かなりの賭だったと思うんですね。唯一何かつなぎ止めてる物っていうのは、メロディーラインのフックっていう部分ですけど。メロディーのフックの部分がいい曲、というかすごくウケてる曲って言うのは、ワールドワイドっていうかね。結構互換性があるんじゃないか、と。どこの国のいわゆる音楽状況の中でも、フックって意味では同じ様に捉えるんじゃないか、と。きっと“Come On Let's Dance”っていう言葉のここがフックだと僕達が思ってたら、絶対アメリカ人もイギリス人もここがフックで、ここを売ろうって言うか、ここに絞ってアレンジしようとか思うんじゃないかっていう、その部分での、互換性みたいな物は感じているから。エンジニアもテープ聴かないと絶対引き受けませんからね。で、わかんなかったらやらないですから、絶対に。それは断られてる人を何人も知ってますからね。やってくれって言っても、うわぁ、これじゃ出来ないって断られた人は沢山いますから。そういう部分でウケて、フックがわかって、で、返ってくる物がある程度見えたっていうか。売れ線を作ってるヒットメーカーだったら、僕達の曲のどこをおいしく聴かせるだろうっていうのはわかってたから。それはもうミュージシャンにとって共通の意識って言うかね。だから、それから外れたら多分その人、ヒットメーカーじゃないと思うんですよ。まあ、ある程度アバンギャルドな人かもしれない。フランク・ザッパに頼んだら、もしかしたら全然違ってたかもしれないでしょ(笑)。だから、ザッパには頼みませんよね。トッド・ラングレンでもちょっと危なかったかもしれない。今のトッドだと。


『CAROL』ツアー 結果的には“現象”までには至らなかった


--ええと、どうもレコード面では小室哲哉は破綻しないようなので(笑)、次にステージの話を。今回の『CAROL』ツアーはかなりアクシデントがありましたよね。で、ようやく横浜アリーナでもうすぐファイナルというわけですが。
小室 そうですね。あの、とりあえずトラブルがあった、ということで。厳密に言うと、2回変更があった。武道館でファイナル迎えるべきなのが、お正月の後の事件があって、長崎がこぼれてしまったんで。で、最終的に武道館がファイナルにならないですよね?しかも、その上にウツの怪我があって更に延びてしまって、とても武道館がファイナルどころの騒ぎじゃないっていう結果になってしまったんで、どうしても最終的に何かいわゆる締めをシッカリしたいっていうのと、あとは多少その御迷惑をかけた部分で、何か僕達なりのサービスをと思って。気持ちですよね、本当に。それで名前をファイナルという形にして。それであと去年の8月25日の東京ドームを出発点にして『CAROL』の動きも始まったんで、ま、結局1年間やったということを踏まえて、そういう意味合いも含めてファイナルにしようと。

--ただTMの場合、プログラミングも含めて、Tourの中味をガラッ変えるというのは相当な準備段階が必要なわけですよね。
小室 ええ。それの為のスケジュールというのが、現在は1日もないという状態で。全て今、地方のコンサートの夜とか、次の日の昼間とかですね。各地方のレコーディングスタジオを押さえて、プログラムして、それから宇都宮は各地方のダンススタジオを押さえて。(笑)

--(笑)
小室 下手に東京に帰ってしまうとファイナルの準備をする時間が全然ないんですよ。

--溜まった取材とかね。
小室 そうですね(笑)。

--いきなり飛び込んだシンプジャーナルとか(笑)。
小室 やっぱり、プロモーション活動も大切なものですからね、ひとつの。

--そういうことを律儀にやってしまうっていうのもTMらしいですよね。最近の媒体露出もすごいし。
小室 ついつい、その3月の時にね、やっぱりスタッフのミーティングで、いわゆる研究会議を行いましてね、その時に先ず僕から出してしまったんですね。とりあえず制覇してしまおう、と。後先考えずに言ってしまったから。僕が先に言ってしまったから。

--本が出る時ちょうど、そのスペシャルの前ということで、ある種、『CAROL』というプロジェクトの総括というものを伺おうと思って今日は来たんですが。コンサートというもの自体を、すごく意味を大きくしていって、内容を多元的にしていって拡大していった、それの集大成と言えるものが『CAROL』だと思うんですよ。実は、ミュージカルとロックの融合という部分について論評されて然るべきプロジェクトだったと思うんですよ。で、実際それをやった手応えはどうだったのかという。
小室 ええ。うん、本当の基本に僕を含めたメンバーの性格上ね、反復作業がとても耐えられないという気質があるのね。先ずそれが何よりも、そのいわゆる理屈じゃなくて、先ず一番根本にあるんでね。特にコンサート、レコーディング、コンサート、レコーディングっていうのは中味が違ってもすごい大きな反復作業ですよね、繰り返しで。で、それが習慣づいてしまうよね。その流れみたいなものが。それがすごい辛いっていうのはもう、やる前からわかってて。とにかく、それを崩す作業をしていかないと続かないだろうと。それはTM NETWORKを作った時からもう考えていたことで。何か自分達でその流れは壊していかないと、自分達が嫌になってしまう。ま、それが一番基本にあるんですけども。それで、じゃあその壊す為の素材捜しっていうかね、結局いろんな所に矛先向いて、1つがミュージカルだったんですよ。たまたま僕達、ミュージカルっていうものが、全く未経験というか、本当に観たことが1回もなかった。そういう人間達が3人いて。初めて観たのが25過ぎてからですからね。それまで観たとしたら、まあ小学校の時、学校に来たミュージカル程度でいわゆる自分達でお金払って観たっていうのは1回もなかったんです。で、たまたまリンゼイ・ケンプ・カンパニーという凄い前衛の、ミュージカルとは普通は呼ばないかもしれないものを先ず観てしまってね。ミュージカルを観に行こうって言ってリンゼイ・ケンプを観に行ってしまった、みたいな。で、インパクトありすぎて(笑)。

--そこからこの企画が生まれたわけですね。『CAROL』の元はリンゼイ・ケンプだったという。
小室 ええ。で、まあ3人で多分そうですねえ、もしかしたら50万円は観たかもしれないですけどね。プレミアムついてるチケットばっかりだったからね。もう、ほとんどソールドアウトで入れないんで、3人合わしたらそのぐらい観たと思うんですけれども。それで、もしかしたら、レコードを思い切ってね、そういうものを作ってしまえば、TM NETWORKの中でも、何かこういう形のショウが出来るんじゃないかって所までいってたんですね。で、思い切ってGoを出して、で、そんなミュージカル的な要素のアルバムなんかをね、この時代にやる、それは昔で言ったらプログレッシヴロックみたいな世界だから、マズイんじゃないの!? ってそういう話もあったんだけど、Goを出してしまってね。もう、始まっちゃったら止まれないんで。やるとこまでやらなきゃ、というんで始めてしまったんですね。それがずーっと積み上げてた1つの方法で。それがもう1本の柱になりつつあって。TM NETWORKのそのアーティストとしてやるべき柱の幾つかあった1本になりつつあって。そこら辺でもう、まあある程度は見切り発車だけど、やれるかどうかはわからないけど、やり出してしまった。それで今日まで来てしまって。

--最初は衝動的に始まったわけですね。それは、TMとしては珍しいことですよね。
小室 で、一番僕達がカッコつけてる部分での、何か文化的なものをね、こういう音楽をやってるアーティストっていう者が何か文化的なものを残せたらな、という僕達の最もカッコつけてる部分での意識があるんで、これがまあ、1つの形としてね、何か文化的に捉えられるとこまで行ったらいいなという、そういう気持ちもあって始めたんですけど。まあ結果としては、はっきり言ってそこまで至らなかったと思います。あのいわゆる音楽ファンの、TM NETWORKというものを知ってる人の中でね、熱心な音楽ファンの中での知名度はあっても、いわゆる一般の人にとって、今で言ったらオペラのカルメンが来るんだよみたいなね、そういった所まではとても行かなかったと思うんで。その部分ではまだまだ成功したとは言えないんですけども。ただ、そういう意識がすごいあって始めたことなんでね。まあいろんなリスクというのはあったと思うんですよ。TM NETWORKを純粋に楽しみたい、いわゆる普通の音楽ファン、踊れればいいんだっていう、とにかくコンサート行って楽しんでもう発散出来ればいいんだというような人がほとんどなわけで。そういう所でミュージカル的なことをやろうとしたからね、結局内容に関しては辛い所もあって両方の部分を少しづつ切り崩していくっていうような作業にしなきゃなんなかったし。といってみんなのリクエストに応えてばかりいると、結局やろうとしていたコンセプトの何か新しい形のものっていうのは全部壊れていっちゃうんで。そこのバランスがね、すごい難しくて。結果としてはサウンド部分を主体に、ある種こう、三色弁当というか、そぼろ弁当みたいな感じで(笑)、一応バランス良く食べられる様なものになったんですけれども。先ずミュージカルがあって次に従来のライブがあるという。

--しかし、たとば『CATS』みたいな一般レベルでの現象化までは至らなかった。
小室 そうですね。それはすごく思った。あと思ったのは、『CAROL』っていうのが僕達考えていたより、枚数的にアルバムが売れたなっていうのがあって。まあそれはすごい感謝してるというか、音楽的にも捉えてもらったという部分ではね、良かったなと思って。そこら辺難しいんですけど。結果として音楽が売れたのかな? っていうのもあるしね。枚数とか見てると。だから、そこら辺は判断が微妙なんです。もしも、あれをミュージカルのサントラみたいに捉えられたらもっと売れなかったかもしれないし、TM NETWORKの6枚目のニューアルバムとして捉えてくれたから、これだけの枚数行ったのかもしれないし、その辺難しいんですよね。まあ、そうですね、今の時点では結果的として良かったと思うんですけど。もうちょっと違った取り上げ方とかね、捉え方してもらえたらなぁというね、気持ちは正直言ってあります。何せ、もうロングランとかそういうことは出来ない立場でのショウだったので。もう終わったら二度と演れないというか、終わってしまうものだから。唯一、出来るとしたらビデオとかで残るだけですよね。その辺が残念と言えば残念ですね。


今回のソロアルバムで 初めてミュージシャン・エゴってものを出した


--それでは、そろそろ今回の核心的な部分の質問に入りたいんですけど、『CAROL』みたいな企画をその都度その都度掲げて、イベント的に展開してゆくTMの活動方針みたいなものは今後も継続してゆくんでしょうか、で、そういう作業の中で小室さんのミュージシャン・エゴは満たされるんでしょうか。
小室 ミュージシャンのそういうエゴっていうか、個人の気持ちからいくとどうしてもTM NETWORKっていうのはそこまでは出来ないですね。やっぱり、常にプロデュース半分、個人3分の1ですね。そういう気持ちがもうデビュー以来というかその前から、ずーっともう6年間それでやってきてるんで。どんな形をとっても目指すことはいかにTM NETWORKを知ってもらうか。今日より明日、明日より明後日という感じの人数をっていうかね、マジョリティーの数っていうものを広げてゆくというか。それと、何かこれも文化的なんだけど、こういう切り口でポップ・ミュージックをやっているということを知ってもらいたいとかね、そういう気持ちが常にあるんで。きっと『CAROL』っていうのも、ただ単純に僕の個人的なエゴで作った物じゃないんですよね。ほんの少しはそういう要素があったりとかして、昔の趣味的な部分というものを、わりと入れたりはしているんだけど、でもそれは完璧に僕がエゴでやりたかった物っていうのとは、またちょっとかけ離れていると言うか。

--そういうコンセプトでやっている人って今ほかに日本にいないですよね。
小室 う〜ん。そうですねぇ。

--そこら辺、なんでそうなるのか興味深いですが。
小室 3人ともそうですけどね、多かれ少なかれウチの場合というのは。

--企画の中で機能してゆく人達。
小室 そうなんですよね。何かを、それぞれが役割を持って積み上げたり作り上げていく方が楽しいと思ってる人達なんで、何か業界っぽいですけど、先ず企画があるわけですよ。先ず、乗れる企画があって、それに乗って自分がどの役目をすれば良いのかっていうのがはっきりわかった時点で初めて動けるというか。自分がどうやって何をしたら良いのかっていうのがわかって、で、それに向かって動くというふうに。ある種スタッフ的な感じもあるんですけども。TM NETWORK自体がそういうチームなんでね、基本的にバンドというのとは、もしかしたら違うかもしれないんですけども。エゴの塊で作り上げられている物っていうのは、多分ほとんどないと思うんですね。TM NETWORKの中では。それが別に3人以外の、どこか別の所から力が作用しているというのと違って、全て3人の頭の中から出てるんですけど、不思議とそれがエゴじゃないというか、そういう所でやってるものなんですよ。

--たとえば、今回のTourなんかでもものすごく1プレイヤーとしてアグレッシヴなアクションが現に見られたりしてるわけですけども、ステージに立って人の前でプレイしている時のエクスタシーってあるじゃないですか、ミュージシャンにとって。そういう瞬間はじゃあ、求めてはいない?
小室 う〜ん、現在の所はTM NETWORKとしては全員ある種のパーフォーマーっていう感じなんで。例えば、僕がちょっとそういう攻撃的な演出っていうかね、動きをやり出したのはウツの怪我があって、それをフォローしようって武道館から始めたんですけども。まあ結果的にはウツはみんなが心配するほどはひどくはなくて動けちゃったんで、結構、余計派手になったわけなんですけど。当初は多分ウツはそれ程動けないだろうと、センターから左右に動いたりとか、そういう挑発的な行動はしないだろうみたいに思って、じゃあ多分、僕と木根がサポートしようということでやったんですけども。そのままそれが続いちゃって、結局最終コーナーまでそれで押し通すことになったんですよね。

--よく引き合いに出される、白竜バンドにいた頃の小室さんを知ってる者にとっては久々に出たなという。
小室 (笑)。そういう意味でね、全部経験があってのことなんですけどもね、その気持ちが違うんですよね。例えば、シンセの上に乗るとかいっても、全然頭で考えていることは違うんですよね、以前と。

--ステージの上で瞬間的な恍惚というようなものを感じることは?
小室 ないですね。

--(笑)。でも、それじゃ小室さんのエゴっていうのはどこで満たされているんでしょう?
小室 今の話とその、今後っていうのが、何かすごく相反するものなんですよ。何かわざとこういうふうに話してんじゃないかっていうぐらい相反することなんで。今後って、結局今大越さんの方からおっしゃった、ミュージシャンのエゴみたいなね、ミュージシャンっていう部分の個人のアイデンティティーっていうものがTM NETWORKでの立場と小室と全然違うものになると思います。だから、それは秋に出るソロ・アルバムではっきりすると思います。このアルバムで初めてそういうミュージシャン的なエゴを出したなという気持ちはすごいあるということですね。それは結局、6年間ていう今までTMでやってきた時間があったからですけどね。

--わかりました。じゃあ、小室哲哉初のエゴがでたそのソロ・アルバムに関してはまた来月に。
小室 ええ。もうちょっと具体的に話せると思います。


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