TM NETWORK
融合と拡大の美学の中で--
3つの原子は、ゆっくりと融合を試み続けていた。
お互いと、そして外の大気を敏感に感じとりながら、しかも、自らの必然に導かれて。
いくつかの季節を経て、それはやがて確かな“核”を形成した。
それからは、外気へ向けて、出会ったばかりの頃よりもはるかに強く美しいエネルギーを放ち始める。
放たれたエネルギーは、大気と触れて、さらに大きなエネルギーへと成長していった--。
そうして、今。1987年、春。3つの原子から生まれた“核”・TMネットワークは、
その“第一次成長”を完成させた。融合から、爆発へ。
今、ミュージシャンとして、そして“集合体”として、最もスリリングなところにいる彼らの、“瞬間”を、インタビュー。
“過去”と“未来”に開かれた“今”
この取材に際して、眼につく限りのTMネットワークについて書かれた記事を読み返してみた。そんな中で、最も興味深かったことのひとつが、彼らが“ポピュラリティーを得ること”に関して、とてもくったくがないということだった。
ミュージシャンに限らず、全て物を創る人間は、その作品をひとりでも多くの人々の眼や耳や体に触れることを望む。これは当たり前のことだ。もしそうでない人間がいるのなら、それこそ桑田佳祐の言葉のごとく「江ノ島にこもれ!」であって、“発表”などということはする必要がない。
けれど、もしかするとこれは日本人特有の心情なのかもしれないが、日本のミュージシャンの多くは、その事、つまり、売れる事に関する貪欲さを胸の内に隠してきているように思える。“やりたいことを、やっている”というコートに包んで。
けれど、このTMネットワークという存在は、そのスケールを少し越えたところに位置し続けているみたいだ。彼らは、その話題を避けることなく、いかにも自然に「僕らの存在を知ってもらうためには」と明確に語り、そして、そうした活動と作品を生み出し続けてきた。もちろん、決して“大多数”にこびるのでなく、極めて自然な笑顔と、さりげなさで。
それは彼らのゆるぎない自身の確かさゆえだったのかもしれない。自分たちと、自分たちの音楽に対する。彼らのミュージシャンとしての“在り方”は、その出生こそ異なるけれど、TMネットワークと同じように、ファンキーな音楽を自らの“神”のひとりとする、大沢誉志幸に似てる側面もあったように思う。「えー!?」という声が聴こえてきそうな気もする。だけどTMネットワークも大沢も、いつもてらいなく堂々と自らの音楽を世界に差し出し続けてきている。豊かな感性を、緻密な知性で操って--。(そう言えば大沢の時もTMネットワークの時も、「ああいう音楽(ファンキーなもの)ってカッコイイけど、日本じゃ受けないね」と、訳知り顔で話した“業界人”がいたっけ)
そうして今、TMネットワークは、過去にいくつかのビッグ・アーティストがくぐったやっかいな門に差しかかっている。つまり、加速度をつけて増大するポピュラリティーが要求する、過密スケジュールというやつだ。
「取材もものすごく増えたし、それにプラス、テレビとか入ってきて……。新しいシングル(「GET WILD」)のレコーディングやツアーのリハーサルとも重なって、ちょっとハードですね。でも“今から”ですから。本当に大切なのは。」
小室哲哉は、決してうんざりするふうでもなく、いつもの冷静な語り口で語る。傍らに座る、宇都宮も、もちろん、木根も。
彼らTMネットワークは、彼らの周囲で、今、まき起こっている“拡大の嵐”の中に、静かにたたずんでいる。揺らぐことなく……。
--いよいよもうすぐアルバム『Self Control』がリスナーの手元に届くわけですけれど(注:このインタビューは2月24日、リリースの前々日に行われた)、アルバムを完成させて1か月と少し、リリースを目前にしての気持ちを聞かせていただけますか。
小室 やっぱり、チャートが気になりますね(笑)。
--やっぱり(笑)。
小室 もちろん(笑)。それと、TMの場合、CDがどれくらいの割合で出てくれるかなっていうのが、すごく気になるんです。僕ら音質にはすごくこだわってるから、CDが多いっていうことは、聴く人もそれだけのことを意識してくれているっていうことだから。
今のところ数に関しては、最初だけで『GORILLA』の倍以上の人たちが、『Self Control』を聴いてくれそうなんで、すごく喜んでいるんですけどね。
--すごいですね。
小室 ええ。だから、大体、半分の人がこれまでもTMを聴いてくれていて、あとの半分が初めてTMに接する人かな、って予想してるんですよね。新しい半分の人たちが、TMの音楽をどういうふうに感じてくれるか、今はそのことにもすごく興味がありますね。
ただ、今回の『Self Control』は、そういう新しい人たちも意識して作ったんですよね。TMネットワークって名前だけは知っていて、なんとなくでもいいから聴いてみようかな、っていう人達への意識も強かったんで、デビューしてから3年やってきた音の要素を、うまく連動して、リミックスしたっていうか。このアルバムから入ってもらって、TMの要素は、全て聴けるっていう……。だから余計、そういう人たちの反応が楽しみなんですけど。
--確かに前の『GORILLA』は、TMの音楽の魅力の大きな要素である、いわゆる“FANKS”という言葉に集約される、エネルギーを思い切り全面に、しかもポップに打ちだしていた。
小室 そうですね。どちらかというと、“いい曲だね”っていうものよりも“インパクトあるね”っていう曲を選んだ。だから……前のアルバムだけを聴いた人が、1枚目、2枚目にさかのぼると、ビックリするかもしれないしその逆も、あったかもしれない。「変わっちゃったなあ」とかね(笑)。“エレクトリック・ポップ”って言ってた頃の、ポップでキラキラしてたものは無くなってましたからね。今回のは、アルバム全体もさっき言ったみたいな作りになってるし、極端に言えば、1曲の中に、過去の3枚のアルバムの--つまりTMの音楽の要素が全て入ったりしてますからね。
--シンセのキラキラした音が入ってたり、ストリングスが流れたり……、そして、ビートは思いきりファンキーで、みたいに。
小室 そうですね。サウンドばかりじゃなくて、ウツのボーカルにも、同じことが言えると思うんです。1枚目のボーカルと『GORILLA』のボーカルって全く違うんだけど、それがうまくミックスされてる曲もある。
アルバム・トータルの狙いとしては意識的だったけれど、ディティールでは無意識に、自然にそうなりましたね。
結果として、“This is TM NETWORK”っていう、ベストなものができたんじゃないかって思ってます。
--まさに、この1年ほどで作り上げた基盤と、その加速度をふまえたっていうか、全て注ぎ込んだアルバム。今まで作り上げてきたものを集大成するアルバムであり、同時に、これから初めてTMネットワークに接する人たちに扉を開けて迎える、アルバム……。
小室 そう聴いてもらえたら、嬉しいですね。
強烈なビートと、きらめく音色、そして言葉のシャワー……、つまり“FANKS”という言葉で象徴される音楽で一気にそのポピュラリティーを広げた彼らが、その世界を4枚目でさらに押し進めるのではなく、さりげなく立ち止まり、自らの足跡を手に取って再構成した……そんな事実にも、彼らの強靭な精神と、そして自身を感じてしまう。
また、いずれもシングル・カットの候補曲のような、しかもダンサブルなA面の各曲からは、TMネットワーク・ファンならずとも、小室哲哉のソング・ライティングが、ひとつの成熟の段階に達していることを感じることができるはずだ。いわゆるメロディアスなナンバーのみならず、ダンサブルなビート・ナンバーでも、その個性を輝かせる……小室哲哉は、これまでの日本では稀有な存在=作家だ。
さらに、A面のビート・ナンバーで“つまらない日常”を叩き出されたハートに広がるアルバムB面の世界にも、特に大きく注目したい。(もっともCDはAB面が無いが)もしかすると曲のタイトルに気持ちがひっぱられているところもあるのかもしれない。(例えば「Here,There &Everywhere」は、ビートルズに同タイトルの曲があり、「Fool On The Planet」も、「Fool On The Hillを連想させる)が、B面の大きな、ユニバーサル(宇宙的)な流れは、ビートルズを、思い起こさせる。“ビートルズのサウンド”というよりも“ビートルズの意識”そしてその結果としての“音楽の在り方”みたいなものを。
「僕はビートルズ世代ではないし、もっぱら後から聴いた方なんですよね。しかも、後期を。『ホワイト・アルバム』とか『サージェント・ペパーズ〜』……。でも、やっぱり、余り口には出さないけど、“隠れビートルズ・ファン”で(笑)。特に意識の面とか、具体的にはアルバムの構成、曲の流れとかは、影響も受けているかもしれない。今回も、サウンド面では「Time Passed Me By」は、木根と“ビートルズみたいなストリングスの感じにしよう”って話し合った。」
ビートルズが開いた音楽の道と、現代のビート感の融合……、極めて乱暴な言い方だが、TMネットワークも、世界中の多くのミュージシャンが歩んでいる音楽の階段を、独自の方法で登り続けていると言っていいのかもしれない。また、このB面は、ここ最近ともすれば“FANKS”の影に隠れがちだったTMの一面を、鮮やかに呼び起こすものでもある。
よりソリッドな、新しいバンドの“回路”を
しかし、考えてみれば、TMネットワークのライブでの充実ぶりと、その波紋の大きさは、驚くほど、すみやかなものであった。3年前のデビュー当時、彼らは、ライブは基本的に積極的ではないという印象があったし、レコード会社も、そういった方向で彼らの事を捉え、プロモーション活動を行っていた。
小室 本当にそのとおりです。今考えると僕も、なんでこんなにちゃんとライヴやツアーをやるようになったのか判らないところがある(笑)。なんでだろう?(笑)
木根 僕らで「やろうやろう!」って小室をたきつけたわけでもないしね(笑)。
小室 うん、「次はライヴだ!」とか意気込んだこともないし……。
--いつのまにかスルスルって、ライヴ・バンドでもあるTMネットワークになってた。
小室 当時は3人だけじゃライヴもできなかったし……。逆に今、3人だけでもできる状況になったんですけどね、不思議だな(笑)。
今、ライヴはどんどん音の数を少なくしようと思ってるんです。今回のツアーもバックは、ギター、ドラム、ベースの3人だけで、ほとんど4リズム(g、ds、b、kbdの4つの楽器。バンドの基本形と言ってもいい)でできる。……そう考えると随分変わったなあ。
一番変わったのは、ライヴを頭に描いてレコードを、作り始めたことですね。前回のアルバムから、レコードを作るときも、ウツがステージで歌うのを頭で描いてた。最近は、“ここでキメのライティングが入るだろうから、すごいかっこいいな”とかね(笑)、そこまで考えてる。
基本的に3人とも、物事を立体的に考えてそして楽しむことが好きなんですよね。レコードもライヴも、そしてビジュアルも……。
--そう言えば、TMはデビュー曲(「金曜日のライオン」)からビデオ・クリップもすぐできたし、こういう活動になってきたのも、自然な流れかもしれない……。
小室 そうですね、そう思います。
--ツアー/ライヴを含めた形でもいいんですが、これからのTMのサウンド面で何か考えていることが、ございますか? もっとファンキーに突き進むか、あるいは、オーケストレーションを多用して、広がりが出てくるのか……。
小室 ひとつ考えているのは、TMのサウンドにもう1本柱を作りたいなっていうことなんです。ギター・サウンドっていうか、ドラムとギターとボーカルだけで確立しちゃうようなもので、TMらしいサウンドができないだろうかって。今年の7月ぐらいからヨーロッパで次のアルバムのレコーディングをしてみようと思ってるんですけど、それでやってみよう、と。一応、“FANKS”で“FUNK”っていう言葉を使ったんですけど、その“FUNK”をもっと過激にね。汚い、NOIZYな音を切り取って、それをコラージュして音を作る……そういうのを、TMのジャンルに入れたいなって思ってます。今度のツアーの音も、かなり変わると思いますよ。
--ベーシストの方が……
小室 ええ、日詰(昭一郎)クンに。前の西村クンは、16ビートのすごくファンキーな音だったんですけど、日詰クンはすごくロックなんです。だから、リズム隊は、前に比べてロックっぽく、重めになってますね。それと、キーボードが僕だけになったっていうこともあって、ギターのアレンジも大幅に変わったんで、リハーサルやってても、かなり変わったなって、感じますね。ドラムの山田クンはもう2年も僕らとやってきてくれていて、やっと最近、機械のクリック(リズムの信号)を、自分のビートに合わせる感じになったって言ってるし、機械と融合したTMのビート感は、今回で完成すると思うんです。そのビートに、新しいアレンジが集まるという感じですね。リハーサルやってて、僕もステージがすごく楽しみで……。
--機械のジャストの(狂いのない正確な)ビートを、人間のリズムに引き寄せちゃう。
小室 そうです。それって、必ずできるんですよね。とにかく今の踊りたい人たちって、ディスコの正確なビートが一番気持ちいいんですよね。そういう部分でもTMのコンサートって、一番踊りやすいと思いますね。ジャストのビートに人間のビートがプラスされてるから、うねりも出るし……ある人達にとっては、ルーズさが無いから嫌いかもしれませんけど(笑)。
--改めて考えてみると、R&R系をルーツにしたファンキーな音楽から出発して、日本でビッグになった人って、RCサクセションとか、何人(組)かいますけど、ファンキーなディスコ・ビートでそうなった人(グループ)って、あんまり……。
小室 いないかもしれない。僕ら、ホントにディスコ・ヒットがルーツにありますからね。珍しいかもしれない。
--ディスコの音楽的な影響って、みんなきっと通って踊った時期があるんだろうけど、
小室 あんまり口に出さない(笑)。アラベスクやボニーMに夢中だったなんて、絶対に言わない(笑)。コモドアーズですら、はしゃいでは言いふらさない。
--アース(ウインド&ファイヤ)ぐらいだと、やっと(笑)。
小室 そうですね(笑)。でも、実は一番知っていて聴いたり踊ったりしたのは、あのへんの曲だったりしてると思うんですけどね(笑)。
既に突入している“FANKS! BANG THE GONG”ツアーは、5月20日に一区切りをつけ、TMネットワークは6月24日、いよいよ日本武道館のステージに立つ。武道館というSPACE(空間)を、TMネットワークはどんなSPACE(宇宙)に変えてみせてくれるのか--。
「やっぱりツアーとは違う、特別な夜にしたいと思ってます。去年EASTで試みて成功した、4チャンネル・サラウンドのPAを使って、音をビュンビュン飛ばしてね。照明もかなり凝ると思うし……。あの、乗り物とかに酔いやすい人は、必ず酔いどめの薬を飲んできて下さい。これ、冗談ではないんです。本当に目が回っちゃうんですよね、音と照明が回転しながらマッチしちゃうと。とにかく円い空間を充分に生かすステージにしたいと思っています。」
武道館にTMネットワーク。名前はおよそ不釣り合いだけど、SPACEとしては、ここほど彼らにマッチした所は無いような気もする。願わくば、武道館が、TMと観客達が生み出すFANKS BEATに、怖じ気をふるわないことを--。
この日は他にも幾つかの興味深い話を聞くことができた。例えば、彼らの歌詞のこと。某雑誌で彼らの歌詞について「道徳的すぎるのでは」という疑問が提示されていたが、それについて小室は、「僕らはメッセージを投げかけるわけではなくて、様々なキッカケをうたっているわけだから、そうした声についてはなんとも思わないけれど、今のところ、聴き手の大多数が若い女の子で、どうしても“TMについていく”という姿勢になりがちなんで……」と、率直な気持ちを語ってくれた。さらに、インタビューの中にもあったように、サウンド自体に荒々しさが出てくることによって「近い将来、もっと鋭角的な詞が出てくるかもしれない」と、興味深いコメントも、加えてくれた。
また、7月からのヨーロッパ・レコーディングについても、
「こちらから行くのは、僕ら3人と、マニピュレーターの人だけ。向こうのドラマーとギタリストと一緒にやりたいんです。もう、何人かこちらからオファーしてるんですけどもうすぐ決定が出ると思います。ロンドンではないです。イタリアかスペインか、フランス、その3つの国のうちのどこかで……。」
とのこと。このヨーロッパ・レコーディングについては、様々な事が具体化次第、追って詳しくインタビューしたいと思う。彼らが自らの“音楽の母国”としたヨーロッパの地で、どんな“磁力”と“パワー”を身につけてくるのか、これも今年の、いや、今後のTMネットワークにとって、見逃せない、巨大な契機となるはずだ。
融合と拡大、この文章には、こんなタイトルをつけた。確かに、ここ1年のライヴのパワーと、彼らの全てを結晶させたアルバム、『Self Control』、さらには4月8日にリリースされるニュー・シングル「GET WILD」(読売TV系ドラマ『シティーハンター』のテーマ曲)によって、彼らの支持者は凄い勢いで拡がっている。だけど、このインタビューで感じた彼らの力学は、TMネットワークという存在を、今度は、よりソリッドに凝縮させようとしている方向に向かっているように思える。その力学は、きっと、数量的に拡大していった人々ひとりひとりの心に、TMの音楽が融合し、やがて素敵な結晶を作ることをうながすに違いない。
TMネットワークの、美学である。