キーボード講座●第7回  講師:小室哲哉

冬休み、特別講議


 今月は、ちょっと趣向を変えて、音楽雑談ですョ。でも、文章のはしはしに、プロ・ミュージシャンとしての大事な事が書かれています。炬燵に入って、暖かいミルクでも飲みながら読んで下さい。


 いよいよ、今年最後の回になりましたね。第1回から読んでくれてる人、どうもありがとう。どうですか? すこしはキーボードというものに親近感を持てるようになりましたか? 途中から読んでくれた人でね、いろいろ質問とか、疑問点とかあると思うんだけど、お友達のバック・ナンバーとか借りて読んでみてね。よくある質問で、特に何の楽器を買えばいいのかとかが多いんだけど、確か、第1回目に書いてあると思うので、見直して下さい。あれから、次々に新製品がたくさん発売されているから、紹介はまた近々にしますね。

 えーと、前回の予告では、いわゆる楽典といわれている本を中心にお話をしようと思ったのですが、ちょっとね、1回じゃ無理でね、ばっちり企画をたてないと…(言い訳ではないんですよ)だから、1986年の音楽のテストはもうバッチリという事になるかな。待ってくれた人、ゴメン。来月は、またスペシャル企画だから、その次からやりますね。

 さて、前回の「恋におちて」はもう楽しめる程度になりましたか? 小室くんのキーボード講座は世界一やさしい授業なんですからね、前回のがどーしょーもないっていう人は、ちょっともう、家庭教師ですよ。僕がアルバイトしちゃおうかな。とにかく曲にならなくても“あー、こんなコード使うと伴奏は出来るな”ぐらいになってね。ね、お願いしますよ。


ミュージシャンの裏話を…

 前置きがやたら長いのですが、今回は冬休み特別講議いう感じで、僕達のやっている仕事、作曲、編曲、演奏、コンサートなどのうら話をちょっとお教えしちゃおうかなって思います。いろいろなアーティスト、それこそ、作り方や仕事のやり方、皆さん違うので、当然、僕なりのやり方ですけど…。

 えー、まず、作曲です。曲ってどうやって作っていくんだろう? 考えてみれば不思議ですね。自分で作ったものでも、レコードを聴いてて“どうしてこんなメロディーが出てきたんだろう?”とか思うこと多いんですよ。だから、ちゃんとした作曲法なんてないんだけど、でも、まぁある程度のパターンはありますね。まずTMネットワークの曲の場合、まず制限が少ないという点で、最初に“今度、ディスコ風なものを作りたい”と思ったら、もうそのディスコ風という雰囲気で、DX-7を弾きます。適当にですよ。例えばマイケル・ジャクソンの「スリラー」のフレーズをまねてジャカジャカ弾いています。それに、さらにもう雰囲気で歌っちゃいます。(英国風、日本語じゃないデタラメ)そして、頭の中はもう、音がレコードになっていて、その曲で、女の子達がマハラジャなどで踊ってる風景を浮かべちゃってます。そして、この曲の事は軽く覚えておく程度にして、ほっとく訳です。そして、車の中とか、電車の中(1人でブツブツ言う)とか、たまたまピアノのある部屋とかで“あー、そういえばこの間のディスコの曲ってどんなだったかなぁ--”って思い出すのです。そして、もし覚えていてかっこよければそれを譜面にするか、テープに録る。覚えていて弾けても、その前に作ったときのインパクトがもう消えていたら、もう“ボツ”ですね。そして曲自体、忘れていたら…仕方ありませんね、またいつか違う曲で再び浮かぶでしょう。これに似た作り方で、曲の構成上、歌い出しの部分だけ昔、作ったものを思い出して“サビ”の部分を新しく考えるとか“サビ”だけ出来上がっていて、頭のどっかに常に置いておく。そして、ある日それにあうイントロとか出来ると急に引っ張り出してくるわけ。作った時代が、歌の場所によっていろいろあるといった感じのものも多いですね。例として「1974」というTM唯一のスマッシュヒットがありますが、これは“サビ”の部分以外は、5年も前に出来ていました。ある日、曲を作っていてこの5年前の曲を弾いていて、サビのコードに違うメロディーを“フーフー”と歌ってみたら、そっちの方が全然良かったんです。そんな感じで、出来た「1974」は、歌の部分が1980年作、サビの部分が1984年の作という事になります。

 次に依頼の場合、これはCMの作曲も含まれますけどはっきりいって制約が多い。だから“何々みたいにしよーっと”とか、勝手には出来ません。それにタイムリミットがあるから、もう無理矢理作りますよ。そして、ディレクターやプロデューサーに、その曲を聴かせないといけないので、かならず“曲デモ”というデモテープを作ります。これを聴いてレコード会社の人たちとかCMのディレクターは“うーんとサビを直して”とか“これでは○○さんの曲みたいだよ”とか“小室さん風にお願いしますよ”とか、いろいろ注文するんですよね。依頼された場合、よほどの大先生の作曲でない限りは、1回〜3回は、手直しというのがあります。だから、最近は1番最初は7割程度の出来で聴かせて、2回目に120%の力を出して作るパターンが多いかな。ちなみに、デモテープはだいだいBOSSのドクタービートというリズム・ボックスと、CPかDX-7でおしまい。非常にシンプルなテープになってるんだよ。でも、どんな時でもDX-7とか弾きながら歌をうたって作っている時は、いろいろな風景が出てきて、もうプロモーションビデオのように楽しいよ。岡田有希子ちゃんに書いた曲「水色プリンセス」って曲は、作っている時、もう森とか、池(すごくきれいな水の)とか、バンバン浮かんできて、小人みたいなコーラスとかも聴こえてきて、すごくディズニーの世界の絵が浮かんできたぁ。


大江千里クンの場合はね…

 昔、千里の「ロマンス」って曲のアレンジをした時、千里の作曲のやり方ってすこーし見たんだけれど、彼の場合は、すごく詞が大事で、ほとんど詞と曲、同時進行って感じだったな。ノートにいろいろな千里の素敵な言葉や文章が書いてあって、それを使ってメロディをのせていったようだった。だから僕が曲と同時に絵が浮かぶように、彼の場合、詞の世界で浮かんでくるのかもしれないな。ちなみに千里が曲を作る時は、カワイのKPっていうピアノを使ってるみたいだ。(あーあっ教えちゃった。千里くん!!)

 編曲、いわゆるアレンジといわれている仕事は、今や、曲がレコードになる為の最も幅をきかせてる部分といえるんじゃないかな。どうしてかっていうと、昔と違ってアレンジの中にいわゆるサウンド創りというものが含まれていて、たとえばシンセはどれを使うかというのや、ドラムはコンピューターでやるか、人でやるかとか、もう全部アレンジャーが決めたり、選んだりしなければならないんだ。レコーディングスタジオの中の作業で、一番、偉いのは今はアレンジャーですよ。アレンジする時、僕はまずイントロを考えます。イントロがよくなきゃ、アレンジやってる意味がないってくらい、僕はイントロが好きだし、こだわってます。この部分は、ほとんど作曲に近いね。僕もアレンジって好きだけど、前述のとおりすごーく重労働だし、責任は重いしね、ヒット曲をいくつも手掛けているアレンジャーの人は尊敬しています。

 演奏は、いわゆるレコーディングかライブって感じかな。両方ともかなり違いはあるね。レコーディングっていうのは、ある程度、時間が許されるっていうか、やり直しがきく。“こんな事、弾いてみようかなぁ”って思ってみたら、実験できるからね。音も“もっとかわいい感じにしてみよう”とかも、何回もトライできる訳です。でもね、100点じゃなきゃ駄目っていう点もあります。リズムとか、ちょっとでも狂ってたらやり直しだし、ピロッて音がちょっと他の音に触れても×だし…。その点、ライヴは、時にはカッコいい場合もありますね。ライヴでは、KX-5っていうショルダー・キーボードを使っているんだけど、これがなかなか面倒なんだ。ギターの人達は、何年も前からいわゆるコードレスで自由なんだけど、KX-5はコード付きで、それだけでも神経使いますよ。あっよくある質問だけど、KX-5だけでは、何の音も出ないんですよ。あれは簡単に言うとリモコンのスイッチと同じで、テレビのチャンネルを換えるのと同じ働きだ!!と思って下さいね。KX-5は60,000円ぐらいで、それで何百万円ものシンセの音が出せるから錯覚に陥る場合がありますね。“ふーん、ハワード・ジョーンズのKXから、ギターの音が出てたよ”って思ってた人、そうです。KX-5は後ろのEMULATORにつながっているんです。まぁ、とにかくライヴは大変なんだけど楽しいな。


 まぁ、ほとんどのアーティストの人が、こういった仕事を中心に日夜働き続け、素敵な音楽をみんなに届けている訳なんですけれど、それでも、やっぱり楽しい仕事かもしれませんね。こういった雑談は、なかなかおもしろいでしょ。1986年も、よろしくお願いします。それじゃね、バイバイ。


●小室哲哉プロフィール

 1958年11月27日、東京生まれ。3才からバイオリンを始め、クラシックの英才教育を受け、17才からプロミュージシャンとして活動。上田正樹、バウワウ、大江千里など、様々なアーティストのレコーディングやライヴに参加。'84年、TM NETWORKというグループを率いて、現在の音楽シーンに登場。


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