ハイイロチョッキリ・ブレイク!

2005年晩夏


 ハイイロチョッキリは,日本産チョッキリ(鞘翅目チョッキリゾウムシ科)の中ではモモチョッキリ,イタヤハマキチョッキリに並ぶ最大級の虫です.数年まえ(2000年頃)にも多く見かける年がありましたが,今年(2005年)は少なくとも兵庫県三田付近ではものすごく多いようです.他の地域からの問いあわせもあり,全国的に多いのかもしれません.
 …と書いたら,今年(2005年)はドングリも虫もサッパリ,という地域もあるようで,少なくとも[全国的]は当ってないようです.
 ともかく,決して珍種というわけではありませんが,普段はそんなに度々見られるものではなく,十分に調べ尽くされていないので,豊作年は観察のチャンスといえそうです.

 ハイイロチョッキリはコナラなど,ドングリに産卵して切り落とします.本種の生態については,伊澤和義氏の”オトシブミ・チョッキリの世界”に,くわしい解説図示がなされていますのでご参照下さい.
 ドングリにはシギゾウムシ類(鞘翅目ゾウムシ科)も何種かいて,大きさも姿もよく似ています.産卵の方法も似ていますが,ハイイロチョッキリでは葉の付いた枝ごと切り落とすので区別できます.また,殻斗の縁付近の薄い部分に穿孔しているのも特徴です(コナラシギゾウでは殻斗の上のほうの厚い部分に産卵).


ハイイロチョッキリと切り落した枝

ハイイロチョッキリ観察はここに注目!

【1.どの種のドングリを利用しているか?】

 シギゾウムシ類ではコナラシギゾウがコナラ,クヌギシギゾウがクヌギ,クリシギゾウがクリのように虫と植物(ドングリ)の関係が専門化しています.ハイイロチョッキリの場合はやや広く,少なくともコナラとクヌギには産卵します.あとアラカシでも確認.では他のドングリではどうなのか?

 慣れれば虫(成虫)そのものを見つけるより,切り落とされた枝を見つける方が容易ですし,見つければ,使われているドングリを見分けるのも難しくありません(ドングリサイト参照).利用しているドングリの種類に注目です.

 ドングリの種類を正確に同定,区別している記録にもアラカシ,シラカシを明記したものがあります.しかし今年(2005年),筆者の周りではコナラとクヌギを切るものが目立ち,アラカシなど常緑樫で探してもあまり見つかりませんでした(時期を外してしまったかも).その後,別の場所でアラカシへの産卵,切り落し例を教えてもらいました.
 また,次項にあげたように,落葉楢と常緑樫にるものは酷似した別種では?との説もあります.


穿孔中のメス

 記録の際に注意すべき事は,ただ一例〜数例だけの珍しい現象なのか,一般劇な現象なのか,の区別です.珍しいドングリの利用例を見つけた場合,たくさん落ちているか? 周りの木は利用していないか? 他の個体はいないか,などの状況にも気を配って記録する必要があります.

とかです. 最初の例(A)では一匹のメスが(本来使うべき木と間違えて)一回だけ産卵したものかもしれないし, 二つめの例(B)だと一匹のメスが(ちょっと勘違い/しかたなく)違う木で量産していたのかもしれません.(C)の場合は一般的な利用例だといえそうですし.もちろん,一匹のメスが一回だけ木を間違えたと考えられる場合も,一匹のメスが勘違いして量産におよんだと考えられる場合も,それはそれで興味深い観察です.そして,状況を明記する事でこれらを区別することもまた重要なわけです.

【2.ハイイロチョッキリDとE】

 勝田恭好氏ら(1999)の研究によると,落葉性と常緑性のものにつくハイイロチョッキリは,出現時期が違い,交尾器形態も違うそうです.カワムツA型(ヌマムツ)とカワムツB型みたいにハイイロチョッキリにもD(deciduous)型とE(evergreen)型があるのかも.

【3.産卵前の加工は?】

 植物を切り落とすチョッキリの仲間には,産卵前にあらかじめ植物のきまった部分に切れ目を入れておいて,別の部位に産卵後ふたたび戻ってきて切れ目を深くして切り落とすものがいます.おそらく植物体内の液体の還流を止めることで穿孔しやくするとか,あるいは産んだ卵への影響を弱めるとかの効果があるのだろうと考えられます.
 ハイイロチョッキリの場合も,産卵の前に枝に噛み傷を入れるようです.もし穿孔中や産卵中の個体を見たら,産卵前の加工をおこなっていないか確認してみて下さい.

【4.切り落としの有無は?】

 勝田恭好氏ら(1999)の研究によると,産卵後に枝を切らない場合もかなりあり(43%切),その場合もほとんどが自然に落下するそうです.
 切り落す事の意義について,温湿度の調整,被寄生の回避などが考えられますが,多重産卵を回避するためだという説もあります.切り落し行動が多重産卵回避のためだとすると,高密度世代にこそ有効なはずですから,より高頻度で切り落すのでしょうか?

【5.ドングリのダンドリ】

 ドングリの種類によって,実や実の根元の葉の付き方が様々です.ハイイロチョッキリはどの部分で切っているでしょうか? 効率的に細い部分,柔らかい部分で切っているでしょうか? もっと先で切れば楽なのに,わざわざ下の方の太い部分で切っていたりしないでしょうか? そのあたりに注目してみてください.
 ドングリの種類によって,複数の実が寄り添って稔るものもあります.そのうちの一つのドングリに一卵だけ産んで切り落とすよりは,全ての実に一卵づつ産んだあと一括して切り落としたほうが手間が省けるはずです.そのあたりに注目してみてください.

【6.象鼻虫王者チョッキリキング】

 ハイイロチョッキリのオスの前胸背の側面にはトゲがあります.
 同様のトゲが見られるハマキチョッキリの類ではオス同士がメスを巡って(相撲ふうに)戦う事が観察されていますが,ハイイロチョッキリでは(今までのところ)そのような現象は報告されていないようです.
 おそらく闘争があるのでしょうが,あるとしてもどのような状況か未知です.マウント,交尾しているペアを見つけたら,他のオスとの関係にも注意してみてください.


ハイイロチョッキリのペア

【7.周年経過は?】

 ハイイロチョッキリの周年経過はチョッキリ類で一般的なパターンで,秋に老熟幼虫が脱出,土中で幼虫態で越冬,翌年になって蛹化し羽化するもので,年一化のようです.
 ドングリには数年に一度の[豊作年]があるという説や,逆に[凶作年]があるのかも?との話もあります.
 はびこる虫をカワすために植物側は数年ごとに一斉に繁殖をボイコット,虫への兵糧攻め,そんな戦術を採っているのでしょうか? そういった資源を利用する虫には,えてして休眠によって1年〜数年ずらして羽化してくる戦術で対抗するものもいます.飼育によってその可能性を探るチャンスでもあります.

【8.寄生蜂も観察のチャンス!】

 ハイイロチョッキリの大発生はそれに寄生している種類にとっても書き入れ時です.そのあたりにも要注目です.


シギゾウの産卵痕(?)に産卵管を突き立てているハチ

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